ベトナム戦争はなぜおこったのか?どうやって終結したのか?

ベトナムは世界第二次大戦のあとも、戦争に長年巻き込まれていました。ベトナム戦争とよばれるのですが、なぜベトナム戦争はおこったのでしょうか。また長年のベトナム戦争はどうやって終結したのでしょうか。この記事にて詳しく説明していきます。

ベトナム戦争のきっかけ

ベトナム戦争のきっかけは第二次世界大戦後にフランスがベトナムを支配しようとしたことから始まります
第二次世界対戦の時フランスはインドシナとよばれる、ベトナム、ラオス、カンボジアを植民地としていました。
それぞれ王国として独立したのですあ、フランスは米英の指示を受け、武力を使ってインドシナを戻そうとしたのです。

カンボジアやラオスは屈服したのですが、ベトナムは断り続けたのです。
このことからフランスとベトナムはぶつかりインドシナ戦争が始まったのです。
1954年にフランス軍が敗北して戦争が終わるまで、8年という年月が流れ大量の犠牲者を出しました。
しかしベトナム戦争はここで終わるわけではありません。

このときベトナムは南北二つに分かれており、統一したあとどちらが支配をするのかで争うようになっていたのです。
1960年には北ベトナムから南ベトナムに攻撃をはじめるようになったのです。

ベトナムとアメリカ

よくベトナム戦争とアメリカの関係が書かれることがあります。これはジョンFケネディが南ベトナム(ベトナム共和国)に援軍を派遣したことから始まります。
さらに北ベトナム軍がアメリカ軍に攻撃を始めたことから、アメリカが軍事介入をしベトナム戦争はさらに悲劇を生むようになりました。

アメリカの攻撃はさらに大きくなっていき、枯葉剤を撒き森林を破壊しさらに異常出産が増えるようになります。
日本でも話題になった「ベトちゃん・ドクちゃん」はご存じの方が多いのではないでしょうか。
下半身がつながった双子だったのですが、現在でも枯れ葉剤の影響があるといわれています。

資本主義対共産主義

それではなぜアメリカは、南ベトナムに援軍を派遣したのでしょうか。これはアメリカとソ連が冷戦をおこしていたことも原因です。資本主義国であるオーストラリアやアメリカが南ベトナムを、共産主義であるソ連や中国が北ベトナムを支援するようになったのです。

つまりベトナム戦争は資本主義対共産主義の戦争であるといって過言ではないのです。

ベトナム戦争はどのようにして終結したのか

ベトナム戦争が終わったのは開始されてから20年たった1975年のことです。
多くの負傷者をだし、戦争への批判が世界中でおこったのです。
またアメリカ国内でも戦争を続けている政府に対しての批判が大きくなり、1973年パリ協定の調停によりアメリカが撤退したのです。

ベトナム戦争後の立て直し

ベトナム戦争では戦死47,434人、他に死者が10,786人と多くの犠牲者を出しました。
参照:Vietnam War U.S. Military Fatal Casualty Statistics
また土地も荒れ果ててしまい、復興にをするにもほど遠い状況だったのです。そこでベトナム戦争終戦後の約10年後の1986年、ベトナム共産党第6回党大会にてスローガンとして掲げられたのがドイモイです。

ドイモイとは「新しく変える」であり、文字通りベトナムは一からのスタートとなったのです。大きな内容として以下のことがあげられます。

・資本主義経済を取り入れ
・国民の生活に必要な農業などへの投資
・国際社会への参加

これらのようにこれまでとは一変したことを取り入れ、ここから30年で劇的な経済成長をとげたのです。
国際社会への参加をすることで、多くの国が支援をしたことも大きな要因です。
その中でも最も支援を続けたのが日本です。

日本はベトナム戦争には直接かかわっていないのですが、世界第二次対戦時にベトナムを植民地にしていたことからも、早くにベトナムへの支援を始めたのです。
そのため世界第二次対戦時を知るベトナム人は日本のことをよく思わない人もいるでしょう。しかし多くのベトナム人は親日家となったのです。

ベトナム戦争は植民地化を狙うベトナム軍と、ホーチミンのもと独立を狙うベトナムとの間で対立が起こったことから始まりました。
しかしアメリカやソ連、中国などを巻き込む大きなまた悲劇の戦争へとつながってしまったのです。

しかしベトナム戦争が終戦後、ベトナムは日本を始め多くの国の支援を受けることで経済成長をとげる国へと変貌したのです。
このことからも、日本とベトナムの友好は長く続いていいるのです。