ベトナムの歴史に大きな影響をもたらした偉人とは?

ベトナムの歴史に大きな影響をもたらした偉人とは?

ホーチミン

ベトナムの大都市の名前にもなっているホーチミンですが、世界第二次対戦後これまでフランスの植民地であったベトナムが臨時政府の首班となった人です。ホーチミンはベトナムを独立させ、ベトナム民主共和国の樹立を宣言しました。

このためベトナム民主今日から現在のベトナム社会主義強化国におけるまえ、ホーチミンによる影響は大きく現在では地名にもなっています。
初代ベトナム民主共和国主席やベトナム労働党中央委員会主席などさまざま功績を子としたベトナムの顔といえる偉人なのです。

またホーチミンは国民からホーおじさんとよばれるほど親しまれた人物でもあったのです。

バオダイ

グエン朝の最後の皇帝であるバオダイは、世界第二次対戦にてフランスの植民地だったベトナムを自立させるために内政の改革を行っていました。
1945年に日本軍がフランス軍に勝利したことから、バオダイはこれまで植民地であったフランスから独立したのです。

独立後はベトナム帝国を建設します。
しかし日本軍が全面降伏したあと、ベトミンが八月革命を行いベトナム帝国は崩れ去ったのです。ベトミンを率いていたのがホーチミンです。

ベトナムの独立に尽力を尽くしたバオダイですが、フランスへ亡命後ベトナムに一度も戻ることなくなくなってしまうのです。

トンドゥックタン

トンドゥックタンは機械技術を学び、サイゴンBa Son 造船所で働いていました。
しかし労働環境が良くない中、労働者のストライキに参加したことが政治家としてのきっかけとなりました。
労働者を守る組織に入り、経営者のフランス人相手に労働運動の責任者となるのです。
フランス人により逮捕され刑務所に入ってしまいますが、ベトナム8月革命により開放されフランスに対しての抵抗運動をしていくのです。

トンドゥックタンは1888年に生まれた政治家であり、ホーチミンのあとベトナム民主強化国の国家主席になりました。さらにベトナム戦争終戦後ベトナムが統一されたときには、ベトナム社会主義強化国の初代国家主席に就きました。

このように、フランスからベトナムの独立のために生涯を尽くしたトンドゥックタンの名前は現在でも色々なところで見ることができます。

サイゴン川沿いに、トンドゥックタン通りがあります。さらにトンドゥックタン博物館にて、トンドゥックタンの当時の生活が分かるような日用品や写真などが飾られています。

さらにトン・ドゥック・タン大学は、世界最高大学ランキングでもリストに入っています。

ヴォ―グエンザップ

世界第二次大戦後に、ベトナムを植民地に戻したいフランスとベトナムの間で戦争になっていました。
しかしこのときベトナムを率いていたのが、ヴォ―グエンザップです。
8年にわたる戦いとなったのですが、見事にフランスに勝利することになったのです。さらにベトナム戦争でも勝利に導いた人なのです。

さらにフランスの方が大きな陣営であり、さらにベトミンは近代兵器を使いこなせていない状況で圧倒的にフランスが有利だったのです。しかしべトミンの兵士は独立への思いが強く、厳しい自然環境さえも味方につけ、1954年にフランス軍に対して総攻撃のすえ素ランス軍を破ったのです。

このような厳しい戦いを指揮したヴォ―グエンザップは、ベトナムにとって数数の戦争での勝利において、ベトナム救国の英雄ともよばれています。

雨が振り続け泥沼になった状態に対して準備をしていたベトミンと、全く準備をしていなかったフランス軍に差がでたのです。

グエン・フエ

ホーチミン市にグエン・フエ通りと呼ばれる通りがあります。このグエン・フェとは西山朝大越の第2代皇帝であり、タイソン(西山)党革命の指導者でもあります。
タイソン党革命とは、18世紀にベトナムで起こった反政府農民運動のことをいいます。(日本ではタイソン党の乱とよばれています。)

まとめ

いかがでしたでしょうか。この記事ではベトナムの歴史を大きく変えた、また作り上げてきた偉人を5人ご紹介してきました。5人とも亡くなっていますが、今もなお受け継がれている人ばかりです。

ベトナムはフランスやアメリカなど、各国からの侵略を受け厳しい時代を過ごしてきました。また長年のベトナム戦争により大きな被害を受けた状態でもありました。しかしフランスやアメリカに立ち向かい、経済成長へとつなげた偉人がいるのです。